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わかさま陶芸の食卓になじむ食器が、あなたの生活の名脇役でありますように

わかさま陶芸の目指す位置

長野県の田舎から上京して東京の大学に通っていたがなんとなく都会の生活に
馴染めなかった。それは、
・コンクリートだらけの自然を感じない環境。
・到る所に氾濫する広告によって刺激される消費ばかりの生活。
・デジタル情報ばかりで生活に手触り感のなさ。自分に居場所がない感じ。

そんな違和感を抱きながらも一度は就職活動をしたものの、「もっと大地に根ざした仕事をしたい!」という思いは自分の中で揺るぎないものであり、益子で陶芸家になることを決意。

陶芸家として、賞を目指したこともありました。
美しいもの、芸術的評価を追い求めたこともありました。
けれど、私がこの仕事をしているのは大地に根ざしたものづくりをしたかったから、
大自然の中で、自然の力を感じながら作れるものであることに気が付きました。

自然の中で作ることにこだわり、手作りにこだわり、自然の力を器に込めたものづくりをしたい。
私が感じた都会の居心地の悪さ、自然を感じない環境の中に、和食器で自然を感じて欲しい。
ほっとした時間を手に入れて欲しい。
その想いでこだわり、益子の地から直送でお届けしています。

工業的に作られたものと、昔ながらの製法でつくられた手作りのものとでは、同じように見えてもやはり別の存在であると思う。
たとえば、食品(味噌・しょうゆ・野菜)でも工業的に作られたものより手作りで作られたものの方が、味わいが豊かだったり、自然な味わいを感じられたりする。

工業製品は効率よく作ることを重視しているが、効率を
求めることで切り捨ててしまっているものがあるのでは、
と思う。

陶器でも同じことが言えると思う。
手作りにこだわることによってその物が持っている
本当の味わいや良さを表現できて、伝えられると思う。

たとえば、民俗資料館などで使い込まれた農機具を見たことがあるだろうか?
使い込まれ、磨耗して、黒光りして なんとも使いやすい形に変形している道具達。
その中には、それを使う人の人生や時間の蓄積が投影されている気がする。
そうなることによって道具は、使う人の人生の一部になり、なくてはならない存在になると思う。

器でも飾って楽しむだけでなく実際に使われることによって、
そのひとの人生に深くかかわっていく存在でありたいと思う。
モノを使う過程で生活の時間の流れが少しづつモノの中に転写
されていくことを「経年変化」と呼びたい。
それは器の場合だったら、家族との思い出だったり、
あるいは料理の記憶だったりするのだろう。
器が使い込まれて家族団らんや・母の料理の記憶が
詰まった存在になるといい。
(このうつわを見ると、お母さんがよくあの料理を作ってくれたね。
・・みたいな。)

使い捨てにされるものでなく、愛着を持って使われて家族の思い出や、
ゆっくりとした特別な時間をたっぷりたくわえる「容れ物」に
なるうつわを作りたい。

たとえば車を作ることを考えてみよう。
多くの製品はいろいろな工程を経てつくられていることが多いため、
自社の受け持たれる工程はその一部分であったりする。

企画段階でかかわることが出来れば別だが、
ほとんどは加工するだけで自社の考えをその商品に反映できること
は稀であったりする。

陶芸は、粘土から最終のうつわになるまで、全ての工程を自社で
行うことが出来る仕事である。

これにより自社の表現しようとしているライフスタイルや美意識・器のコンセプトをお客様に直接伝えることができる。
自社の裁量できる部分が大きい。

お客様が生活の中で使われるものなので評判(良きにつけ・悪しきにつけ)をダイレクトに受けることができる。個人とのかかわりの大きい商品である。

食器は主役ではありません。
自然の持つ温もりを大切に、自然の雰囲気を大切に作った器たちはその空間を邪魔せず料理や飲み物を引き立たせ、和みを与えます。
「気付いたらいつもこれ使っているね」
「これを見るとお母さんのあの料理思い出すなぁ」

そんな、使う人の生活にしっとりと馴染める、名脇役となれるうつわを目指して作っています。

まるんとした形状の模様からところどころ土の色が顔を出す見た目と、ちょうどいいサイズと安定感。
丸い形状と厚みがやさしい口あたりになっています。

戸棚を開けるとかわいい食器達が待っています。
料理を選ばない、和でも洋でもしっくりとなじむデザインは、つい毎日使ってしまう。

陶器の持つ自然な色づかいとシンプルなフォルムのうつわは、使用シーンを選びません。
和食・洋食・中華など幅広くお楽しみいただけます。